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2011年2月 8日 (火)

旧東海道を歩く(日坂宿を歩く)

 「事任八幡宮」は平安時代の清少納言の「枕草子」・鎌倉時代中期の「十六夜日記」等の紀行文に名前があり、旧東海道を往来する人々が参詣をした八幡宮です。また街道沿いには「常夜灯」が作られており、当時火災に宿が多く発生したため火防の秋葉信仰が盛んだった。そのため秋葉神社に捧げる灯りをともしていました。

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 ゆるやかな坂を上った先にあるのが「高札場」です。幕府や藩の定めた法令や禁令を板札に墨書したものを「高札」。その札を掲げたのが「高札場」と言います。さらに進むと、「川坂屋」と言う江戸時代の面影を残す数少ない建物で、身分の高い武士などが宿泊した場所です。

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 川坂屋から少し進んだ場所に同様な建物があり、「萬屋」と言うこちらは庶民が投宿した場所で室内を自由に見学が出来て畳にあがることも出来ました。

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