横浜の商店街
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鉄道コンテナ輸送50周年を記念してJR貨物で各種のイベントを開催していますが、JR貨物・関東支社では隅田川駅でのイベントが行われ出かけてきました。場所は「バス停の終点から・77」で紹介した東京都交通局南千住車庫の近くにあります。記念のぼりも掲げられてイベントを盛り上げていました。
会場内では、コンテナを売り場として鉄道部品やグッズ・野菜などが販売されて多くの人で賑わっていました。コンテナを駅構内で運ぶフォークリフトも展示されて運転台に乗ることも出来て子供連れに人気がありました。
イベントは開催されていましたが、貨物駅として機能しておりトラックなどが構内を行き来しています。都内でマンションが隣接する場所でこれだけの敷地を有する貨物駅は凄いし、コンテナにも冷凍機を積載した冷凍コンテナがあるのは驚きでした。
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今宿東公園から再び「ふるさと尾根道」沿いを歩いていきます。途中の高台からは住宅地が広がり眺望が楽しめました。
尾根道沿いには導水管が平行して敷設されています。尾根道から「中原街道」に出ます。急に車線が多くなりました。この区間には「よこはま動物園・ズーラシア」行きのバスが鶴ヶ峰駅・三ツ境駅から運行されており、また神奈中バスの中山操車所があるための回送バスも走ります。今回はズーラシアは通過してゴールのJR中山駅を目指します。
ズーラシア入口の交差点を過ぎて、なだらかな下り坂を下ると公園があります。野球場もありちょうど少年野球の練習をしていましたが、この公園は以前「大池」と言う池があり生活用水として使用していたようで、「大池跡」の碑が残っています。
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先日、名古屋鉄道7700系・7100系を撮影するために訪れた知立駅構内を時間があったので散策しました。散策と言ってもそんなに大きな駅ではありませんが、1番線から6番線までのホームで1番線が留置線でホームがありません。2番線が三河線「豊田市・猿投方面」3番線が知立止まりの列車が到着するホーム。4番線が三河線「刈谷市・碧南方面」。5番線が名古屋本線「名古屋方面」。6番線が名古屋本線「東岡崎・豊橋方面」です。ホームにはフラップ式の発車表示板があります。三河線のホームはのどかな感じがしますが列車が到着すると沢山の乗客が名古屋本線への乗り換えへ急ぎます。
6番線ホーム上には「立ち食いそば」のスタンドがありますが、名古屋名物のきしめんもお酒も飲めるようです。コンコース内には知立名物の「大あんまき」を売る売店もあり多くのお客せんが購入していました。今は「駅ナカ」と言う表現があるくらい駅構内の店舗は当たり前ですが、知立駅のような地域に密着した駅ナカもよいなあと思いました。
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名古屋鉄道・河和線の成岩~上ゲ駅間1.6kmを現在立体化工事に着手していて平成25年度を目標に工事を進めています。そのため工事区間にある「青山駅」も高架化するようなので地上駅が無くなるので、ちょうど知多武豊駅から知多半田駅まで歩いているときに訪れ駅を探索することにしました。
駅舎は橋上駅舎でステンドグラスもあり、日の光が自然と入り照明がいらない明るさで静かな感じのする改札口です。ホームには待合室があり上屋は4両程度のみですが、特急・快速特急も停車する駅です。
ホームの脇では高架化工事の準備が始まろうとしています。まだ工事に着手した感じですがこれから工事が進むと高架橋などの施設が構築され、雰囲気も大きく変わると思いますがどのような駅が出来るのか楽しみです。その頃にはホームへ到着した6000系も活躍しているのだろうか。
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羽田空港行きの高速バスが11月30日をもって、日吉駅~羽田空港線が廃止で、東急バス・東京空港交通・京急バスの共同運行でしたが3社とも撤退となります。
日吉駅構内には直行バスの券売機も設置されていますが、まもなく撤去されることになるでしょう。日吉駅前の綱島街道を東急バスの車輌が通過して折り返し場に入り出発時間まで待機となります。通常の路線バスと並んだ光景もまもなく見られなくなります。
バス乗り場も通常の路線との共用ですが、廃止を知らせる案内が物悲しい感じがします。折り返し場から羽田空港行きのバスが到着しましたが、わずか2人の乗客を乗せての出発となりました。
同じ直行バスでも、新横浜駅発やたまプラーザ駅発・センター北駅発のバスは利用率は高いようですが日吉駅発は何度か利用しましたが、時間帯によって利用率に差があるようなので時間帯を限定し、各方面からの路線バスが多い綱島駅を発着に変更して運行したら良かったのではないかと思いました。
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半田と言えばお酢が有名ですが、お酒も有名なんですね。運河の近くに「国盛」と言う銘柄のお酒を作る酒造会社があります。大きな看板が目印です。きき酒も出来るようですが要予約みたいなのであきらめました。紺屋街道へ向かう途中に気になるホーロー看板を見つけました。「トミーの醤油」と書かれ、キャラクターの「トミー坊や」もいます。あまり首都圏では聞かないので名古屋地区で販売されているのかな。
紺屋海道は、江戸時代の交通の要所として人々が行きかう賑やかな街道でしたが今はひっそりした感じですが、半田で春に開催される「山車祭り」の山車を収納した倉庫などがあります。
海道から少し路地に入ると懐かしい感じのする細道があったりします。大通りに出るとレンガ造りの建物が見えてきます。「旧カブトビール工場」でレンガを使用した個数は東京駅や横浜赤レンガ倉庫と続き4番目となります。スケッチをする人などもいて歴史を感じる建物でした。
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愛知県半田市は酢の里として有名です。そんな街を歩いてみたいと思い、名古屋鉄道知多半田駅で下車しました。駅前にある観光案内所で散策マップをもらって早速スタートです。駅前の道を道なりに進むと、とても低い場所をくぐります。私の身長では少し首を曲げないと頭がぶつかってしまいます。上をJR武豊線が走ります。
線路沿いを歩くとJR半田駅に着きます。後ほど半田駅の紹介をしますが日本で最古の物が今も現役で活躍しています。更に進むとレトロ調の建物が見えてきます。こちらが「酢」で有名な「ミツカン酢」の本社です。会社名は「中埜酢店」と言う会社名で建物にも書かれています。周囲には倉庫が多く点在してお酢の匂いもほのかに香ってきます。
倉庫沿いには半田運河が流れています。早くから開けた海運によるお酢やお酒などの知多半島の産物を江戸や大阪に運ばれていました。運河沿いに倉庫が点在して現在も使用されています。倉庫の間を通ると江戸時代へタイムスリップした感じがしました。
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大手町を歩いていくと、読売新聞社の建物が見えてきました。以前平日の夕方のニュースのオープニングで見た事があるようね感じの建物でした。突き当たりはお堀で皇居東御苑に出ます。お堀沿いには皇居を一周するコースとなりマラソンをする人が多く見られました。
皇居東御苑は江戸城跡で明治元年10月に皇居となりました。入場時に入園券を受け取り内部へと入っていきます。苑内には郵便ポストがあるが皇居内から郵便を出す人がいるのかなあと思いながら先を進みます。
大番所や百人番所・石垣を抜けると、二の丸庭園に出ます。都会の中とは思えない広大な芝生が広がりとても気持ちが良かったです。更に天守閣跡の石垣も残り、石垣を登ってみると遠くに武道館が見えています。
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神田明神から最初の交差点を右へ曲がると、「伊勢丹発祥の地」の石碑がありました。明治19年に「伊勢屋丹治呉服店」として創業し、この辺りは中山道と日光街道という重要な街道の拠点で賑わっていたようですが、現在はビルの間にひっそりと立っています。神田川を昌平橋を渡り、再びJR線沿いを御茶ノ水方面へ戻ると、レンガ造りの高架橋「紅梅河岸高架橋」には店舗が入っています。
再びJR御茶ノ水駅へ戻り、本郷通りを小川町方面へ進むと右手に西洋風な建物があります。「ニコライ堂」で正式に「日本ハリスト正教会教団東京復活大聖堂」と言われロシア正教の流れを組む聖堂っで国指定の重要文化財に指定されています。小川町・淡路町を過ぎて外堀通りへ入ると路地に神社を見つけたので、コースから一度外れ近づくと「出世不動尊」と書かれています。小さな神社ですが名前にご利益がありそうなのでお参りして行きます。
再び外堀通りへ戻り、鎌倉橋を渡ります。「東京なのに鎌倉・・・」と思いながら渡ると欄干のそばに説明看板が、「1944年に米軍による本土空襲がありその際の爆撃と機銃砲撃による銃弾の跡があります」と。平和な日本の中にも戦争の爪あとが都会にも残っているんだなあと思いました。逓信総合博物館へ到着しました。ようやく大手町に到着です。
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季節も秋になりウォーキングには良い季節となりました。今回は東京都内を散策するコースで御茶ノ水駅をスタート・ゴールです。御茶ノ水橋口を出発すると早速JR中央線と東京メトロ丸の内線を写真に収めることが出来ました。地下鉄の丸ノ内線が一瞬顔を出す場所で有名な撮影地でもあります。
御茶ノ水橋を渡ると交差点で、正面には東京医科歯科大学があります。駅名は「御茶ノ水駅」ですが、交差点名は「お茶の水」と言う名称で違いが何かは分かりませんが、駅名と地名が異なる場所が数多くあります。湯島聖堂を右手に見ながら進むと、鳥居の下をくぐると甘酒屋さんがあり、店の前には都電が走っていた頃の停留所看板が展示されていました。
鳥居にが「神田神社」と書かれていますが「神田明神」と言った方が有名なようです。縁結び・商売繁盛・除災厄除けなどの信仰が深く、ハイキング開催のせいも沢山の参拝客で賑わっていました。
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名古屋鉄道三河線の終点、碧南駅は以前は吉良吉田駅との線路が続いていましたが平成16年に碧南駅から吉良吉田駅間が廃止されて終着駅となりました。
現在は、知立駅から碧南駅間を運行されており、ラッシュ時は4両編成ですが日中は2両編成で運行されています。ホームは当時が行き違い設備であったせいか島式ホームでホームから改札までは構内踏切を渡ります。数本の留置線もあって6000系4両編成が待機しています。ホームには木造のベンチなど懐かしい感じがして電車を待っている間は時間がゆっくり流れました。
線路は少し先で行き止まりとなって、踏切部も設備は撤去されアスファルトで舗装されていますが吉良吉田方面の線路は続いていました。
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片瀬白田駅はホームから海が見える駅です。ここから下田方面の列車は海沿いを走り、有名な撮影地の一つでもあります。駅前の道を線路沿いに歩くと「白田川親水公園」があり池や東屋などがあります。
公園内の池にはアヒルは2羽仲良くならんでいました。某保険会社のCMに流れる歌を口ずさみながら、国道135号線に出ます。伊豆急行線と平行して東海バスが運行されていますが駅には立ち寄らず、国道沿いの「白田」バス停が最寄りとなります。
国道から分かれて、急な上り坂を進みます。かなりの急坂で息があがりそうな場所でちょうど視界が開けて、白田の街を望む場所に出ます。ここで小休止。さらに上り坂が続きます。上りきると東伊豆町の水道施設脇で丁度、工事をされていたようで業者さんに不思議そうな顔で見られました。更になだらかな坂が続き、再び視界を開ける場所から今度は熱川方向を望む事ができ、伊豆熱川駅~片瀬白田駅間を歩いたコースを一望できました。随分登ってきたなあと思いながら更に上り坂が続く。
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名古屋鉄道・知立駅は名古屋本線と三河線が発着し、三河線はこの駅でスイッチバックをして刈谷方面の碧南行と豊田市方面の猿投行となるが実情は知立止まりとなっています。通常は2両または4両で運行されていますが、知立駅で2両編成を増結して4両編成にする作業を見る事が出来ます。
知立駅ホームへ回送の2両が先に入線をします。この時はまだドアを開けずに待っています。その後知立止まりの2両が同じホームに到着して乗客を降ろして、一度ドアを閉めます。
誘導員の指示で先に到着した2両を運転して併結作業を行います。自動連結器を使用しているのでお互いの連結器が接続されると自動的に接続されます。そのために短い時間での作業が進み、終了後4両全てのドアを開けて碧南に向けて出発していきました。
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現在、名鉄三河線に7000系パノラマカーの中間車で組成変更により余剰になった車輌に運転台を設けた「7100系」が2両で運行されているが今月27日をもって定期運行が最後となるために勇姿を見たくなり、知立駅を訪れました。ホームには数人のカメラマンが待っていて猿投行きの発着するホームで待っていましたが、今日は碧南行で6000系との4両編成でやってきてカメラを持ってホームを移動します。
普段は行先板を差し込む系統板は記念系統板が差し込まれていました。見た目は6000系と似ていますがサイドが両開き扉であるのと前照灯に若干の差があります。車内は7000系パノラマカーと同じ転換クロスシートを使用しています。朝早いせいもあってカメラマンの数も少なくて撮影することができましたが車内はハイキングへ行く人や学生が多く撮影することが出来ませんでした。
これで本当に最後のパノラマカー車輌が運用から外れることになります。また支線特急用で使用されていた7700系の動向も気になります。最終日はさよなら運転として名古屋本線を走行します。
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